2016年05月03日
円熟の至芸は決して枯れはしない 三遊亭圓橘 立川談四楼 二人会2016/04/26
待ちに待ったこの日。
夢にまで見た二人会。
三遊亭けん玉『雑俳』
三遊亭圓橘『悋気の火の玉』
立川談四楼『一文笛』
仲入り
立川談四楼『三年目』
三遊亭圓橘『雁風呂』
●三遊亭けん玉『雑俳』
ちょうど一年前に宮治・寸志の会で聴いて以来かな。凄くうまくなった。変な間がなくなって、でも語り口に個性がしっかりある。そして角度によっては市馬師(でも顔は吉田沙保里)にも見える。重厚な会の開口一番としてとてもいい仕事。これからますます楽しみ。
●三遊亭圓橘『悋気の火の玉』
談四楼師についてさらっと触れただけのまくらに、男女の機微についての爆笑小噺をさらりさらりと繫げて悋気の火の玉。いつもの抑制のきいた江戸前の語り口に軽快なリズム。女性の悋気の可愛らしさ。そこで煙草吸いたいのかよ男の馬鹿さ加減。これぞ落語の楽しさ。初めて圓橘師を聴いた人はすでにノックアウト状態だったろう。
●三遊亭圓橘『悋気の火の玉』
談四楼師についてさらっと触れただけのまくらに、男女の機微についての爆笑小噺をさらりさらりと繫げて悋気の火の玉。いつもの抑制のきいた江戸前の語り口に軽快なリズム。女性の悋気の可愛らしさ。そこで煙草吸いたいのかよ男の馬鹿さ加減。これぞ落語の楽しさ。初めて圓橘師を聴いた人はすでにノックアウト状態だったろう。
●立川談四楼『一文笛』
仲入り
●立川談四楼『三年目』
次の圓橘師のトリネタの前では、軽めで笑いの多い噺で来る、ならば三年目かなと。
当てました。
噺のほうもさらりと良かったけど、ここはご自身の結婚式の司会についてのエピソードを語ったまくらが見事。きっちりと爆笑させて、前半のピリッとした空気をいったん緩めるアクセントをつけた。
●三遊亭圓橘『雁風呂』
で、トリネタ。きましたねえ。
丁度10日前のシェアする落語のトーク(シェアタイム)で橘也さんが絶賛していた圓橘師の雁風呂。
この素晴らしさをお伝えする言葉を僕は持ち合わせていない。
要するにですね、大した話じゃないのですよ。圓橘師の淡々としかし軽快な地語りと、決して演技過剰にならないけどしっかりと磨かれたひとりひとりの人物がいないと、きっと退屈極まりないはず。
師匠ご本人は後で「出来が悪かった」と。
確かにね、ベストではないのでありましょう。ちょっと言葉が出てくるのが遅れるところがあった。
でもね、そんなことは客としたらどうでもいいのですよ。笑わせるでもなく泣かせるでもなく、数十分の間だけ、ここでないどこかに連れて行ってもらう、そして見事なまでにあっけない落ちで目が覚める。落語の愉しみとは本来こういうものではないですか。
昭和45年、談四楼師が入門して寄席に入ったときに、圓橘師は立前座。
そんな間柄の二人が幾年月を経て、渋さと茶目っ気、抑制と力強さ、動と静、ぶつけながら連携しながら、落語の醍醐味てんこ盛りの 素晴らしい落語空間を創り出した。
夢見ていたものが現実になることなどそうない。嬉しかった。幸運なことに最前列でこの素晴らしい会を堪能したのだが、もう一人自分を用意して、最後列でみんながこの落語を楽しんでいる姿を眺めていたかった。
だって、お二方の会に両方通っている人間は、そうそういないはずだから。
ま、これから、増えると思いますけどね。
改めて思ったけど、芸は熟すけど枯れはしない。
お二方とも、落語に対する取り組みは、とても若々しい。落語家とはそういうものなのだろうなあ。
桂米丸師がまだあんなに頑張っていらっしゃるのですから、圓橘師にはあと20年はご活躍いただきたい。その間に「圓橘ブーム」も来そうな気がする。談四楼師の筆がきっかけになるかも。
またこのお二人による会が開催されることを心から望むものであります。
それまでは、深川東京モダン館に、北澤八幡に、通いましょうぞ。
当てました。
噺のほうもさらりと良かったけど、ここはご自身の結婚式の司会についてのエピソードを語ったまくらが見事。きっちりと爆笑させて、前半のピリッとした空気をいったん緩めるアクセントをつけた。
●三遊亭圓橘『雁風呂』
で、トリネタ。きましたねえ。
丁度10日前のシェアする落語のトーク(シェアタイム)で橘也さんが絶賛していた圓橘師の雁風呂。
この素晴らしさをお伝えする言葉を僕は持ち合わせていない。
要するにですね、大した話じゃないのですよ。圓橘師の淡々としかし軽快な地語りと、決して演技過剰にならないけどしっかりと磨かれたひとりひとりの人物がいないと、きっと退屈極まりないはず。
師匠ご本人は後で「出来が悪かった」と。
確かにね、ベストではないのでありましょう。ちょっと言葉が出てくるのが遅れるところがあった。
でもね、そんなことは客としたらどうでもいいのですよ。笑わせるでもなく泣かせるでもなく、数十分の間だけ、ここでないどこかに連れて行ってもらう、そして見事なまでにあっけない落ちで目が覚める。落語の愉しみとは本来こういうものではないですか。
昭和45年、談四楼師が入門して寄席に入ったときに、圓橘師は立前座。
そんな間柄の二人が幾年月を経て、渋さと茶目っ気、抑制と力強さ、動と静、ぶつけながら連携しながら、落語の醍醐味てんこ盛りの 素晴らしい落語空間を創り出した。
夢見ていたものが現実になることなどそうない。嬉しかった。幸運なことに最前列でこの素晴らしい会を堪能したのだが、もう一人自分を用意して、最後列でみんながこの落語を楽しんでいる姿を眺めていたかった。
だって、お二方の会に両方通っている人間は、そうそういないはずだから。
ま、これから、増えると思いますけどね。
改めて思ったけど、芸は熟すけど枯れはしない。
お二方とも、落語に対する取り組みは、とても若々しい。落語家とはそういうものなのだろうなあ。
桂米丸師がまだあんなに頑張っていらっしゃるのですから、圓橘師にはあと20年はご活躍いただきたい。その間に「圓橘ブーム」も来そうな気がする。談四楼師の筆がきっかけになるかも。
またこのお二人による会が開催されることを心から望むものであります。
それまでは、深川東京モダン館に、北澤八幡に、通いましょうぞ。



コメント一覧
1. Posted by ますめっど 2016年05月04日 10:59
ワタクシの地元の句の公会堂で、親と子の落語会みたいのがありまして。
楽之介師匠がほぼ地元みたいなので、企画協力みたいなのをしていて、円橘師匠を呼んでおりました。
円橘師匠、一席目は子供にもわかりやすい「時そば」 二席目は必殺の「雁風呂」でありましたよ。
楽之介師匠がほぼ地元みたいなので、企画協力みたいなのをしていて、円橘師匠を呼んでおりました。
円橘師匠、一席目は子供にもわかりやすい「時そば」 二席目は必殺の「雁風呂」でありましたよ。
2. Posted by 4k
2016年05月04日 11:04
うわあ、親向けと子供向けに分けてますねえ。








